■2006/03/28(火)
≪ Vol.83
Jr予選が終った。
我が家に度々襲ってくるサイクロンは、その勢いを弱める事も無く荒れていて、内から外へ吹き荒れて今んところ、家の中は被害が少ない(笑)。
Jr予選は下北本部の圧勝で終ったね。前日、下北予選組の勉強会を見た。村瀬の指導が的を射ていて、選手達も厳しさにしがみついていた。町田とは同じ道場でもトレーニングが全然違う。安田御大将がいて、村瀬と金村がビシッと教える。
「これじゃ、町田が勝つ方がおかしい」
と、思っていたら、やはり下北Jr予選組がビシバシ打ち合って圧勝。良き指導者があってこそ環境を変えられるんだよな。
だからといって、トップ通過を女の子に持っていかれるようじゃ温泉組合会長の多田君、危ないんじゃない。雀鬼流という漢道の看板しょってるわりには女に弱い奴ばっかだもんなー(笑)。これも世の流れですかねえ。
Jr予選が終った頃、顔を見たかった木津くんがやって来てくれた。身体を痛めて休んでいたんだってえ。弱った人を治す者が、倒れたらダメじゃん。
木津くんの顔色と眼力は、いつになく輝いていて、少年のようだったことで、一安心。元気も良さそうなので突然、治療をしてもらう。疲れていた所、痛かった所を楽にしてもらった。予約は入れないわ、金は払わないわでまったくもって申し訳ない。
「木津、明日も来いよ」
と、帰りがけに声を掛けたが、すっぽかされて、それっきり(笑)。
安田によると木津に一本取られたらしいが、こんな敗けなら十五日間連敗だっていいもん。
ところで、木津ちゃん。木津ちゃんのヒーリングとかで家の中に吹き荒れるサイクロン、どうにかならんもんですかねぇ…(笑)。
雀鬼
家の中に吹き荒れるサイクロン…(^_^;)掃除機じゃないようですね、ハイ。ともあれ、家の中は被害が少ないという事で、この話題は軽く流してしまいましょう(笑)。
さて、すでにお伝えしたとおり、今日は牌の音の十八周年記念日です。会長は町田にお見えです。僕らも下北の主だったものが駆けつけて、オーガニックな砂糖(?)の入ったケーキでお祝いしました。高槻塾からも電報、そして山田マネージャーからのメールが届いていますので、ここに紹介しますね。
今から18年前の今日、3月28日、待ち望んでいた日が遂にやってきました。牌の音オープンの日です。
21年前、まだ学生だった私が初めて桜井会長にお会いしてから、沢山の事を教えて頂き、沢山の楽しみを頂いていつしか会長の背中を追い続けている自分が居りました。仕事の都合で実家のある九州へもどっていた私に、会長が牌の音を始められるという一報が入り、一も二も無く飛び出してきた私をスタッフの一員として会長は迎えて下さいました。約3ヶ月に渡る準備期間、今か今かと待ち望んでいたオープンの日がやってきました。18年前、1988年の今日でした。
当時の牌の音は町田には若者が、下北沢には年配がといった感じで雰囲気も、麻雀の内容も今とはかなり違ったものでしたが根本的に今と変わらず、男の子らしさを大切にする場所でありました。勿論、多勢いたお客さんの中には変なのも居て中でもセットでよく来る○ゲ頭で目つきの悪い行儀の悪い安○とかいう…あっ、今や選手部長でしたね(笑)。
あれからもう18年、本当に色々な事を学び、楽しみ、喜びを数え切れぬ程頂いてきました。
会長本当に有難うございます。 牌の音18周年おめでとうございます。
高槻塾 山田英樹
「目つきの悪い行儀の悪いハゲ」って誰よ(笑)。まあ、確かに当時は本当に色々な「トッポイ奴」がいましたね。中でも「女グセの悪い、博打好きのパンチパーマ」で、山○とかいう…あっ、今や高槻塾代表でしたね(笑)。でも、一番ヤバイ存在だったのは、現役引退直後の雀○…t△■撃シャrj.←…アレッ、また文字バケだ(笑)。
本当に18年経っちゃいましたね、マネージャー。でも、今思えばマネージャーは(見た目はともかく)当時から、唯一雀鬼流な存在でした。あの頃の自分を省みると、かなり胸が痛くなる自分がいますし、今でもそういう所は多々あります。でも、会長の側に居られて、大切な仲間がいるお陰で、今日もこうやって立っていられます。
会長、牌の音18歳、本当におめでとうございます。これからも倒れるまで、ここに居続けたいと思ってますのでご指導の程、よろしくお願いします。
安田潤司
[写真:083]
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