■2008/04/14(月)
≪ Vol.744
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【選手紹介:その26】
【Jr.:吉田誠司】
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名古屋のイケメン奥井さんから指名頂きました。奥井さんと同じく麻雀が弱いという悩みもありますが、奥井さんほどもてないという悩みもある下北道場の戦車こと吉田誠司です。僭越ながら自己紹介させていただきます。
私が道場に通い始めたのは4年前の1月。選抜のパセさんとほぼ同じ時期に通い始めました。
Jr2を数期、そして前期Jrの予選に奇跡の合格して、Jrが1期です。
通い始めて4年ですが、初めて牌の音の門をくぐったのは15年前、私が20歳くらいの時です。1年くらいその頃通っていました。
18歳で東京に出てきた私は、高校の時の同級生が近くに大勢いたこともあり、夜な夜な麻雀するようになっていました。
バイトの後、朝まで麻雀という日々。しかも今と変わらず負けてばかり。そうです、ネギをしょった立派な麻雀ジャンキーになっていました。(笑)
そんな麻雀にのめり込んでいた時期、近代麻雀ゴールドを見て、会長と雀鬼会の存在を知りました。
近代麻雀ゴールドに連載されていた会長がモデルの「SHOICHI」(9巻)の中に、「これまでのめり込んだものに証が欲しい」と、麻雀に絶対を求めて牌の音に辿り着くサラリーマンが出ていますが、私の牌の音に来た動機はこれに似ています。
麻雀に「絶対」があるのならそれを知りたかった。麻雀は運が左右して正解があるようで分からない。
そんな曖昧なものに正解正着があるのなら、多分それは世の中のいろいろな曖昧なものと通じていて、麻雀を通して他の物事の正着が分かるのではないか。と当時、まじめに考えていて、今思うと恥ずかしいくらいの立派な麻雀ジャンキーでした。(笑)
しかしなんだかんだで1年くらいで牌の音から足が離れてしまいました。
もう一度行きたいとずっと思っていても、雀鬼会では約束は命の次、約束を破ってしまった私は行くに行けず、でも麻雀もやめるにやめられず。
そこら辺でずっと字牌を切らないようにしても周りはお構いなし。打っても気持ち良いはずもなく。半ば発狂状態でした。
そんな状況に耐え切れず思い立って4年前(10年振り)にもう一度来させていただきました。
迎えて頂いて本当にありがたかったです。ありがとうございまいた。
それから4年、あの頃知りたかった「絶対」は分かったかというと・・・
「そんなの知ったこっちゃねえ!!!」って感じです。
今はそんなことより、試合で「吉田が良いぞ!吉田に合わせろ!!!」と審判に言われてみたいです。(笑)基本動作が第一ですから。これが非常に難しいんですけど。
道場ではうまく説明できませんが、会長をはじめ色々な方々と接している中で麻雀以外の事も色々と学ばせていただいています。
周りの方から怒られることも楽しい球を投げられることもあり、その中で自分の思考や態度のずれを教えてもらったり、周りのことを考える機会をもらったり。
その他にも公私についてや、その場ののり、みんなでいる楽しさ、男らしさ、強さ、気付き、礼儀などなど・・・
会長のお言葉に「温破立」があります。温かさの中を破って、初めて自立するということですが、会長が作られる道場の雰囲気は温だと思います。
雀鬼流は道場の外でももちろん通用するものだと思っています。温の外でもしっかり一人で立てるよう、まずは自分のこと。それが出来たら周りのこと。
自分の事が満足に出来ない私にとって道のりは長いですが、しっかりこれから自立していきたいと思っています。
[写真:744]
さて次のバトンは、彼には前期はやられてしまいましたが一期終われば全てチャラ!ということで、最近は自由を貪っているという噂の町田の金さん!よろしくお願いします。
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