■2007/10/23(火)
 Vol.611
今日び、合理化時代ですよね。程良い関係とか、互いに良いということなら結構なんでしょうが、それが一方的になるとねぇー。別にバッシングやクレーマーになった気分じゃないが、伊勢の名物土産とか秋田の偽鳥問題とか、その裏に全て今日びの社会や人間達が求める、合理化の進めの中から起きている。
どちらにしたって発覚するまでは経営能力、合理化指針で優良という型を見せていた。
テレビでは、とうの昔に完成品として売り回した電化製品が危険品であったということで一報を流したりしている。どちらも怪しい危険な事であったとしても、物と食の違いで世間に響く問題提示が異なる経済成長まっしぐらの中国も何かとバッシングを受けているが、日本だって過去は同じ道を辿って来ている。経済市場主義が根強く、程々を越せば安定・安心とされる日本にも多種多様な問題点がどこの業界にも見え隠れしてある。中国製品に対していくらバッシングしても、灯台下暗し、他人の悪さに敏感でも自分の悪さには鈍感となる。
人の持つ善悪ってどこで線引きされるのだろう。自分に都合が良ければ善で、不都合ならば悪となる。やっぱ人間っつうのは自分の置かれた都合の良否で分別してんのかなー。自分の体でも風邪を引いたり、指の骨一本折っただけでも体調悪しと自覚出来るんだけど、それも自分にとっては都合の良くない事が起きてんだよな。
俺なんて自ら「我れ悪党なり」なんていう看板を張って長年コラムを書き続けているんだから、良いも悪いも分かるはずがねえよな(笑)
雀鬼

[写真:611]

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