■2007/09/08(土)
 Vol.568
大自然を中心に一ヶ月も暮らせて頂くと、何人も逢ったり見たりしても小っこいものと映ってしまう。もちろん己自身も小っこい。
人を世間や社会立場で見ている時は、己の置かれたいくつかの価値観で大小が見れる人を大小で見て取れる時より、
「全て小なり」
と見て取れる時の方が、人間の有り様を純粋に見て取れる。
自然に一歩身を入れれば、我が身の危機は我が身で守らねばならぬものほど、大自然は素の人間を近づかせない。
だが自然より、帰って来た都会とか社会の方がとてつもない恐ろしいところであることを実感する。愛だ、思いやりだ、やさしさだ、なんていう得体の知れないものに囚われている人間どもは恐ろしい姿を見せつけている。
自然には自然の習しがあるように、人間界にも愚かだが習しがある。
道場でも頑張っていた、良かれと思っていた者が、気づくと大きな穴を開けてしまっていた。「社会とはそういうもんよ」という大人の理由もあろうが、開けてしまった大きな穴に近づいた者達がすべり落ちている。
穴の中の方が地上より棲みやすくて今日びの人間には合っているのかも知れないが、雀鬼流は、大木が地に生えてなくとも地上の生き様として歩まねばならない。
そしてこれからだが、何人かの道場生等の力を借りて開いてしまった穴を埋める作業をしなければならないようです。
雀鬼

[写真:568]

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