■2006/02/28(火)
 Vol.54
「チップはいくらぐらい?」「20ペソぐらいです」
米国権ではポーターやルームメイドの方々にちょっとした事を頼めば1$が相場。南の島では20ペソですから日本円にすれば、50円弱ということかな。あくる日のベッドメイキングやポーターさんにチップを渡すために現地の両替所でペソを得るが、両替金の中には20ペソが入っちゃいない。最低紙幣で50ペソがあるだけ。一応ホテルでも、スモールチェンジを頼んでみたが、アメリカ資本のヒルトンには、そんな小銭は置いてない。
あくる日、街の両替所を探すと入り口の狭い雑貨屋の奥に、鉄枠でがっちりガードされた部屋に両替商がいて、日本円を差し出すと汚いゴミのような紙の束が返ってきた。その中に20ペソも含まれていた。街の中の一般社会通貨としてその国の人々の手を廻り回ってやって来た20ペソは、くちゃくちゃで汚れに汚れ、手に取ると悪臭すらする。20ペソこそその国の社会水準を表すもので、一日の暮らしを現す紙幣である事を感じ取る。20ペソは手に持つのも、ポケットに入れるのも汚らしい金である。日本でもその国でも、我々がその日を暮らすには金が必要であるが、
「金って汚ねえ!!こんなもの持ちたかねえ!!」
と、思うほど、20ペソは汚れきっていた。
人間、社会生活する為には、物や食料が必要となり、それを得る為には金が必要になる。宗教の教えに、死んで天国、地獄があるというが、高額な紙幣に含まれた20ペソを見た時に、生きている現実こそが地獄なんじゃないか、と思ってしまう。金があっても地獄、金が無くても地獄。そんな社会の構図の中で、我々は生きて来ている。
一般社会に流通する20ペソは汚らしい。だからこそ、人間は努力して工夫して、少しでも綺麗な、高額の紙幣を持とうとして生きている。それを豊かな良い暮らしというんでしょうねえ。塀の中に落ちておられたホリエモン殿がおっしゃっておられた。
「金があれば全てが手に入る」
社会を最も正しく現す言葉である(笑)金20ペソは汚れていたが、20ペソを多く持てば、大金持ちになれる。汚ねえ金を得る為には、汚ねえ手段を使っても当然であろう。
俺も努力して工夫して汚ねえ人間になったものです(笑)
雀鬼

[写真:054]

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