■2006/12/13(水)
≪ Vol.348
前文に書いた國方 卓さんからのお手紙は、俺の周りで起こる暗い出来事に光明を照らしてくださった。
まさに吉報である。
麻雀荘は、警察の管理下に置かれ、何かがあれば呼び出しを受けたり、始末を受ける立場であるが、この度の件は國方さんが申す通り、雀鬼流という麻雀が、世間一般の麻雀に背を向け、どんどんと離れた結果生まれたことだけに、直接自分達が賞をいただくわけでもないのに、本当にやってきて良かった。
自分達が選び進んだ道が、この様な形で評価されたことに心からの喜びを感じる。
「感謝」「感動」「感激」とはまさにこういうこと。
何よりも優る嬉し事でもある。
麻雀界や麻雀業界からたとえ賞を受けたとしても、少しの喜びもわかないことは事実であるが、麻雀を打たない、麻雀を認めたくない立場の方からの評価こそ、良きにしろ悪しにしろ、真摯に受け止めることが正論であろう。
鍵山相談役は、当然の資格を持たれる御方。その方のおこぼれを頂いたとしても、雀鬼流にとっては有りがたい吉報であった。
この原稿を書いている折りに、一人の身近にある女性が現れた。悲しみにひたった顔を見せるはずのその子の顔が変化を見せている。
数日前に、我が家にその女の子から電話が入る。一声で思いつめた波動が流れる。
「何かあったな!!」
実は身ごもった子供がダメらしい。難しい、あきらめなさい、と医者やそれなりの人からも言われたことを伝えてくる。
「会長、顔を見たら泣いちゃいそうです」
と、電話向こうで涙している。
「最後なんです。会長、奇跡を下さい」
「馬鹿もん、もっと早く言ってこいよ」
いくら何でも、俺にはそんな力はないと思いつつも、数日その子の事が父親のように気になっていた。その子のために、HPの VOL.346 の文の後半にメッセージを送った。
人づてに、彼女が会長に電話したあと楽になった、とは聞いていた。少しでも気分が良い方向に変わってくれればいいと思っていた。そして今、その子がやってきて、
「会長、奇跡って有るんですよね。ありがとうございます。」
と悲しみの涙が、嬉しさの涙に変わっていた。
「良かったな、他人様には良いことをしろよ」
と、親父みたいなことを言う。
國方さんにしろ、そのそば等の女性にしろ、良い知らせや喜びを伝えられることが重なった。
「ありがたや」「ありがたや」
雀鬼
[写真:348]
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