■2006/12/12(火)
 Vol.346
許してやれることもある。寛容や寛大になれるべきこともある。しかし、こんな悪さやひどさは許してやっちゃ男がすたるとか、勝負をかけなければ避けて通れない道もある。
俺のまわりにも身近なところで、やさしさや思いやりだけでは済ませられないことも起きている。
善悪だけをとらえているわけでもないが、問題を起こしてしまうその人の心と行動の病とも全て受け入るためには、勝負をかけなければ自分自身に弱さや敗北感や情けの無さに甘んじてしまう。だからこそ、闘うというより自分が折れないために勝負をする。
自分の身の周りだけでなく、そば等に関係する人達の中にも、暗い話や涙なくして話せないことが伝わってくる。
「人は寂しいもんですね」
「人は悲しいもんですね」
良くない問題に直面すると、その壁にぶち当たる。人は何故に、寂しい気持や悲しい気持にさせられるんだろう。それもこれも、それぞれに与えられたテーマかもしれない。
夜は暗闇を生むが、朝になれば陽が昇る。それが自然の摂理、真理なんだろうが、人が生み出した暗闇は、朝陽が昇っても輝きを取り戻せないどころか、暗闇の濃さを増すこともある。
それもこれも、社会の人々が自然の能力や真理から足を踏み外したせいなのか、救いの変化はすぐにはやって来ない。
そば等の悲しんでいる君。
そば等の寂しさに落ちいった君。
泣きたければ涙を流せばいい。俺だって悲しみや寂しさを感じ、持ち合わせているんだ。しかし、それだけでもない。明るい楽しみもあるはずだ。
植物が明るい光を求めて伸びるように、俺達もそちらに向かって歩まねばなるまい。少しの悲しみを拡大させるよりも、少ない灯火を見つけて進むんだよな。
「俺もね」
雀鬼

[写真:346]

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