■2006/11/20(月)
≪ Vol.320
志村さんに続いて、安田さん御返答ありがとうございました。でもさぁー確かに珍しく長文でしたが、内容は99%御自分の事(笑)。最後に「付け足し」「おまけ」「お義理」で「会長は会長」「雀鬼は雀鬼」と投げっぱなしというより、小学生並みのお答え本当にありがとうーね。「シンプル・イズ・ザ・ベスト」とは分かっちゃいますが、貴殿のは全く別次元の在り方であると思いますよ(笑)。
「もういいや」別の話を書こうかな。昨日は思い出深い三吉さんが用意して下さった牛肉を志村さん家へおじゃまして、町田で今や良い型に変化を見せ続けてくれているチャッペと恒ちゃん(沖縄効果)とパンク野郎の歌田とすき焼きと飛騨古川の「雀鬼流」と名する美酒を味わう。肉も美味だったが、束の間の楽しい時を良き仲間と過ごせてありがたかった。
今日はなかなか時間が取れなかった床屋に行く。前々から気になっていた一人の若者に、そこでは始めての「手当」をしてあげる。左腕が四十肩状態で少しも上に上がらないらしい。俺にとっては、その若者には左腕以外、以上に他の部分や心に刺さった棘を感じていた。
「分かった、両方痛みを取ってやるよ」
と心に思い行動に移していた。昨日も遅くまで付き合ってくれていた志村君を待たして「若者の身体と心の痛みをやわらげ抜き取ってやる」少しの手当を時と伴に済ます。1,5cmは違っていた足も普通になり、膝の裏の痛みも取る。一通り手当が終わって若者は身体と心が楽になった変化を見せる。
「何にも触っちゃいなかったけど腕と肩はどう」
「ありゃりゃ、動きます、痛くも無いです」
「いいんだそれで、それだけでいいんですよ」
人は自分が良くなりたいために、学問を学んだり心を正そうと宗教に入信したり健康を取り戻そうとあっちこっちの良いと思うところへ通って健康オタクやマニア(いやストーカーかな)になっている人々を多く見分ける。
でもさあ、それって良く観察してみると、やっぱり自分さえ良けりゃという自己的なものやいいとこ取り感覚が見えてしまう。
俺は良いことは自分の事は放って置いてさあー、他人を少しでも良くしてあげられる「力」じゃねえのかなーと、今、思っている。それもさあ、技術とか免許とか資格なんぞに囚われず、その上、道具一つ無く「素手」一つでね。
「本当に良いものには金はかからない」
という俺の言葉の一つに今、実体験している(笑)。
ありがたいことです。もったいないことです。
俺にももし、己でも良く分からない力っうか、能力というものがあるならば、少しでもお役に立って、人々が喜びや嬉しさや明るい姿を見れることがありがたいね。
なんでだろう…。何なんだか…。
自分でも分かりません(笑)。
雀鬼
[写真:320]
≪ [Home]