■2006/09/30(土)
 Vol.261
夏休み以来、社会の情報からほぼ離れて暮らしていた。テレビもチラッ、家でとっている読売新聞すら読まない。そんな世間の常識から離れていたら、総理大臣が決まったらしい。安部晋三がその席に着くが、そのアベという字がすぐ思いつかなかった(笑)
政治や経済に近寄りたかないといってもこれって普通の大人がする事じゃないかも知れない。そのアベさんが目標する国作りは「美しい国」だという。こりゃ良いテーマというか、そりゃ良いと思うぜよとおもっちょる。どこの国のリーダーもが求める「豊かな国」、日本だってそれを求めて来たが、その本性は心の貧困や病や狂いを生み出している。
「豊かな国」の裏側には人の持つ行動や思考や状況、状態に多くの汚れや悪が棲む。汚いこと、ずるいこと、悪いことは全て、豊かさの中から作り出される。アベさんが本当にそれをやってくれるのかそれを大切だと思っているのかは怪しいが…(笑)
いや、いくらアベさんがそれを一人で求めたとしても政官業を支えるトップの人間達が許すまい。アメリカ大統領だって「なにきれいごといってんだ」と馬鹿にすることだろう。人は豊かになるために学び、人は豊かになるために努力や工夫や知識を費やす。
「馬鹿言ってんじゃねえよ美しい国なんていうのは能力も知識もいらねえじゃねえかい」
と切って捨てられる。文明とはそういうもんだ。でもねえ確かに国民一人一人がだよ、自分の周りをきれいにすれば、心や行動も汚いことを嫌がり、本物の美意識を持てるようになって犯罪なんていう汚いことを通り越した犯ちが少なくなるんじゃないのかなあ。そして先ず家庭の中がきれいになって地域がきれいになって美しさが広がっていく。それって理想論かも知れないが、道理だと思うぜ。
我々国民一人一人が汚れていちゃ何時になったって、美しい国なんか出来っこないし、益々汚いもんが勝ち、悪どい邪悪もんの勝ちが大ぜいを牛耳って行くんだろうよ。
自分達の国だけ「美しい国」になるためには、中国とか北朝鮮相手に一戦交えなけりゃ美しい国は取り戻せない。なんていうことになっちまったらまたあの超大国アメリカさんの思うつぼにはいっちまう(笑)。そうだアベさんよ、あんた明日から政治なんかやってねえでいいから公衆便所を素手で奇麗に洗ってみろや。それも日本中の全ての公衆便所をだ。大臣や閣僚も全てを連れてだよ(笑)。そこまでやればだね、汚ねえことが許せなくなるし、世の中の天辺にいる汚ねえもんがはっきり分かるようになるんじゃねえのかな。この文章を道場で書いている今、総理が変わったらしい?
「誰?」「誰だ?」「ブッシュか」
の声がする。ある意味ピンポンである。
志として
「大を成さんとするためには小を捨てろ」
みたいな言葉がある。
確かに成功者の足跡をさぐればそれが見えるが、それって小っこい者達、弱いものは犠牲になってもいいという権力思考が強いやからが申すことじゃねえのか。だからこそ世界中には幼い子供や弱い立場にあられる方々が苦しんでいらっしゃる。権力を目指すもの、権力の地位にある者達は何時だって、正しそうで汚ねえ考えや手を使う。
俺の個人的主観だけど、織田信長も豊臣秀吉も家康も大嫌い。奴等は戦国の時代、確かに国盗り物語をやった人間だろうが、一銭でも取ったら盗っ人なのに、国まで取っちまった大泥棒じゃないのかい。他の国からでっかいものを取ってくれば、それが歴史上、英雄というらしい。
奴等、何人の人を殺したんだろう。人は人を殺しちゃいけないはずなのに、大量殺人を犯す今日びの戦争だっていけねえに決まっている。俺が小さい頃、メンコの絵柄には、楠木正成とか新田義貞のメンコはあったけど、信長も秀吉も家康のメンコなんか見たこともねえ。その頃メンコを作ってくれた大人の業者さんも今に比べれば健全だったんだよなー。
そういえば、日本の神様の始まりだって川でたまたま砂鉄を発見した一族がそれを武器にして闘ったら強えこと強えこと。みんな敗れて従っちまったことから始まったんだっけなー。
「大事の思案は軽くすべし小事の思案は重くすべし」
と葉隠の武士道にあったっけ。
こっちの方が小を大事に思うことで特に今日のでっかい大人達が学びとるべきことじゃねえのかなー
雀鬼

[写真:261]

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