■2006/02/01(水)
 Vol.25
俺と雀鬼会は、今まで切り離す事の出来ない循環で成り立ってきた。我が身に困難が注げば注ぐほど雀鬼会の存在の大きさと大切さが分かってきた。今まで、道場を護り、創り、存続して来てくれた選手達にどれほど救われてきたか分からない。一期、足を進め、年を重ねれば重ねるほどその大切さやありがたさが強くなる。若い頃は、遠くて感じられなかったものが今や身近に感じる。その全ては道場生達から与えてもらったものばかり。振返ってみれば、そんな足跡が残っている。
雀鬼の人生など、自分一人で作り上げたものなど何一つない。いつも、いつでも、周りの人達に恵まれてやって来ただけ。感謝、感激、感動が、想い出の中にいっぱいつまっている。そして今は、それらに対して感傷的な感情が顔を出して来ているのは、なぜだろう。人様を傷つけて来たせいか、人からの傷を我が身に受けたのかははっきりしない。
「俺達に明日は無い」という気持ちを根っ子に始動した雀鬼会も一期一期を積み重ねて18年、31期を終えた。職人が誇りを持てる作品を創るごとく一期一期を俺と道場生で、何かを創ってきた。が、正直、18年、31期までは職人が認めるような作品はできなかった。
31期目―。安田が魂を込めて「JANKI-RYU」という作品を創ってくれた。ある意味、集大成の気持ちが俺の中に生まれていた。不眠不休で「JANKI-RYU」という作品創っていた安田には毎日、道場に顔を出してはいても、打ち合う時間は作れない。若くて強くて伸び盛りの者達が、日々、本戦の調整や感覚を掴むために打つ姿を、安田は側で眺めるだけ。若き者達と打ち合う雀鬼会本戦の麻雀は、安田にとって年齢的にも厳しい。気持ちの上では焦りまで無いにしても今期の本戦は諦め「JANKI-RYU」の本作り一本を完成させたい気持ちになっていたかも知れない。打ち込み打数も選手部長の責務にありながらも、女子供達にどんどん置いてけぼりをくって行く。
「JANKI-RYU」取材の為に、外部の方々に触れ合う安田。鍵山先生、木津龍馬、ヒクソン、ちばてつや先生…安田の心と体に良き波動がどんどん入り込んでいくのを俺も安田も知っていた。
「良かったね、安田。毎日大変だろうけどな」
「はい。本当に毎日ありがたい気持ちでいっぱいです」
選び抜かれた方々…良い波動の方は少ない。その方々から多くの事を学び、エネルギーを頂いた安田は、強くて伸び盛りの鍛錬豊かな若者達と闘っていた。皆様方から良い波動、正のエネルギーを頂いた安田は負けない。いや、もし負けたら「JANKI-RYU」の本に快く参加してくださった方々に申し訳が無いし、「JANKI-RYU」という作品が嘘になる。安田にとって今期の闘いは道場の強者達との闘いの上に「JANKI-RYU」に参加してくださった先生方皆様の大切な気持ちを背負った闘いでもあったのです。
賛同された皆様の温かい気持ちと安田の魂が共鳴していた本の発売と共に
「安田を男にしてやってくれ」
と、俺も自ら本の営業マンに変わり数日で千冊の営業を済ました。ビジネスという気持ちでなく少しでも安田の力になりたいという気持ちが走っていた。
選抜最終決勝戦を前に、安田部屋の弟子であるパセが、JrUで優勝。今までなら大人が勝ちを持っていってしまうJrUで初めて若くて明るく元気な活きの良い子が勝ってくれ道場の空気を清々しくしてくれた。
普段、俺は安田に、
「安田よぉ、明るく元気な活きの良い子等ばっかりの中にいれたら幸せだよなー」
と、理想を述べる。道場が、雀鬼流という道を歩めば心の病や傷ついた子等がなんらかの救いを求めてやって来てしまうことの方が現実であり、運命である。木津君なんか、それが仕事というか毎日の暮らしなんだから、俺なんか、数は少ないけど明るく元気で活きの良い子等が廻りにいる事は本当にありがたい。
その上のJrリーグは、シャボが優勝した。パセとかシャボとか、何なんだよと思うでしょうが、道場ではそれが公式名。このホームページも公式という事で、そのまんま通す。シャボも心身共に明るく元気な子であり、安田に可愛がられ、学び育ってきた子である。
二人の元気で明るい子が、相撲で言う、露払いと太刀持ちとなって横綱の登場を待つ。落語じゃないが、真打登場。雀鬼会最高峰の頂に、安田潤司が立った。ちょっと大げさかな。下北道場は安田の晴れ姿を見るために、超満員状態。高槻塾からも山田を先頭に、応援に駆けつけてくれた。今まで何度も優勝戦線にありながらも自ら弱さを出して栄光を逃してきた安田だったが、今回だけは違う。俺は前日に、安田優勝の筋書きを雑誌の原稿に書いてしまっていた。安田一人の力なら、再び最後の最後でこけてしまうのだが今回は「JANKI-RYU」の皆様の力も加わっているのだから百人力。敗ける事は万に一つも無いと、俺は決めていた。安田の敗けは「JANKI-RYU」の敗け、更に俺の敗けにも通じていた。その力が動き、安田は最強の金村や打ち盛りのヤンマーと田所を相手に、緊張感の中、大勝のぶっち切りの優勝者となった。
一回戦、案の定、安田の弱い部分が出て受けが甘い。金村が勝つが俺は心配していなかった。一回戦ラスであった安田のオーラスの打ち筋に、和了りはしなくとも気持ちに力強さを取戻していた事を俺は感じていた。安田が立ち上がると同時に、二回戦目から他の三者の方が、自分から弱目の姿に変わっていく様相が感じ取れ、何かの力が卓上に入り込んで三人の猛者から強さと力を失わせていく。
「あるんだよなー、そういうことが」
と、俺一人だけが感じ取れる領域にいた。
選抜クラスはもとより、選手の席に座った者は一期の長い時期を「やりくり」しながら日々を送って来ている。体力、気力、時間、多種多様な事を「やりくり」しながら一期をまっとうする。その辛さに敗けた者達の多くが消えていった。真っ当や正しさだけではやり通せない。どうにかして、やりくりしながら皆してやって来ている。ここ数年、特に選手部長の任を任された安田はどんなに厳しい状況に我が身を置かれていようが、一歩道場に入れば、自他共に決して、「暗さ」を許さなかった。少数の中でも明るくあり、決勝当日のように多くの人が集まる時も「仕切りの安」として全体、全員を楽しませる達人でもあったのだが、いざ、自分が優勝した瞬間の安田の姿は少女のように初々しく見えた。周りも安田の盛り上がりを望みそこに立つ安田をスターの如く凝視するが
「いや、自分の事ですからいいですよ」
という顔をするばかりで、あの安田が乗れていない。瞬間的な切り返し能力も、場を盛り上げ作り出す力も、出せない。
「安田、一分やるから、なんか喋れ」
「困りました…」
いつもなら、その場の空気を察し掴んで的を外さない安田だが、この日は打つ手が無い様子。どうにか気を取戻し、安田が喋る。そして、俺に救いの目を向ける。俺はそれに答えず
「安田、もう一分やるから、なんか喋れ」
「久しぶりに困りました」
の繰り返し。俺は涙を流すより、そんな状況が嬉しくてたまらなかった。みんなも嬉しそう。安田だって嬉しくないはず無かろうが、安田が優勝したことは、俺の方が十倍嬉しいんだよ、と心の中で思っていた。
これって、本や雑誌に出す原稿じゃねえよなぁ。ホームページ用に思うまま書いてんだけど、これでいいのかどうか、俺には解らない。インターネットは俺にとっちゃ小学一年生レベルにも行っちゃいねえもんな。今、下北本部に書いちゃ送っているけど駄目ならストップの声掛けて下さいよ。
誰からもストップが無いけれど町田道場が終わる時間となりましたので…。
投げっ離しでいいかなーー。雀鬼

[写真:y006]優勝直後の安田選手部長と会長

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