■2006/06/10(土)
≪ Vol.156
総合格闘技のプライドとフジテレビとの間で、契約解除・放映中止の問題が起き上っている。
第一回から今に至るまで、プライドさんのリングにおける闘いの道を、欠かさず現場で見させて頂いた。人気優先・ネームバリュー先行の市場主義社会の中で、名もない選手達が死闘を繰り広げ、確実に力がある者達だけが残れるリングを成し、作り続けて来た。
そのリングが完成に近づくにつれ、体力や技術だけでは通らない、心の強さを問われるリングでもあり、心の強さのぶつかり合いをそのリングに見出すと感動が起き、心の強さの在り方の存在に、感謝さえ起き上る。俺の目も心も、多種の格闘技の中でも、長年プライド一本道に近い観心があった。
DSEの主催者側にも、強い志と男同士の肉体の表現を、格闘技を超えた、芸術的な肉体の凄まじい動きと心根の強さを方向付けして来ていた。俺が唯一楽しみにしていた興業でもあり、他のスポーツを超えたリングでもあった。
長年何時だって、リングのそばで見させて頂いたことで、フジテレビ側が作り出した映像は一度見た程度。それも「生」という現場の味に、人工調味料を混ぜ合わせたものとしか感じ取れなかった。
今日び興行とかスポーツ業界も、スポンサーやテレビ局のバックアップをもとに成り立っている。生のリングでは等身大のものが、テレビを通すと何倍もの見栄えに変化させてしまう。ある意味プライドさんは素材であり、それを料理するのがテレビ局でもある。その構図は、強く根付いている。
今、俺にプライドを取るか、フジテレビを取るかと問えば、プライドのリングに必死で闘ってくれた選手達を取り、今後一切フジテレビなど、チャンネルを合わせなくとも何等問題がない。
フジテレビ側も今のところ、本心の部分は出さず、
「不適切な事情」
「信用・品位・イメージに対する配慮をDSEが怠ったと判断された」と説明。笑っちゃうよな。ふざけるなと言いたい。
今日びのテレビが流す映像に、「品位」云々なんていう価値があるかい。本当の品格がある人間なら、今のテレビ業界になんか居られる訳はないだろうが、巨大権力と利権を手に入れたメディアの体質に、品格を問う価値すらないと思う。俺も何度かテレビに出たが、ろくなもんじゃなかったよ。
国民総体に、強い影響を与えるテレビが、品格を失ってしまったからこそ、「国家の品格」という本がベストセラーにもなった。品格云々どころか、これまた、権力の構図の恐ろしさが見え隠れしている。
プライドさんも、これから前途多難でしょうが、最強のリングをもう少し、この困難を切り抜けて存続して欲しいものです。
俺個人的には、フジテレビの放送網が一切合財電波から消え去っても、「ノー問題」です。
雀鬼
[写真:156]
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