■2006/05/27(土)
 Vol.139
25日、夜七時。桜井会長が道場にお見えになった。もうすぐ、選抜の試合が始まる。
「場決めをします!」
審判の声が上がり、選手達が卓に付き、意識を集中し始める。道場が静まり返る中、会長はソファーに座り、雀鬼会レポートに目を通す。選手達は集中を続け、審判たちは会長の様子を見て、開始のタイミングを待つ。
レポートを見終わった会長は、続けてプリントアウトされたHPのREPORTに目を通し始めた。見ているのは5月25日の安田さんの文章。安田さんもそれを感じ、遠目で会長の表情を追った。スタッフの僕も体験卓の指導をしながら、やはり会長の一挙一動に注目している。
読み進めていくうちに、
コレ、会長の文体っぽくないかい?
と、書かれたあたりで、会長の口元がわずかに動いた。もちろん、会長は安田さんがこちらを見ている事は百も承知だ。ゆるみそうになる口元と表情を、左手でさりげなく抑え、何食わぬ顔で読み進めた。会長の左手はあごの辺りから、離れる事が無い。それを横目で見ていた安田さんと僕は確信した。
「間違いない、笑いをこらえている…」
そう思いながらも安田さんも僕も笑いをこらえた。
選抜の試合直前の、ど緊張感が漂う道場に、わずか三人だけ笑いをこらえている漢がいた。しかし、ここで顔をニヤつかせる事は、互いの勝負で負ける事を意味するし、これから始まる選抜の試合に水を差すことを、漢たちは知っていた。
やがて、会長は静かに読み終わったファイルを閉じた。その瞬間、安田さんがすっと会長の足元に歩み寄り、口を開いた。
「会長、試合を始めてもよろしいでしょうか?」
会長は何も無かった様に黙ってうなづいた…。
「選手は起立してください!」
安田さんの声と共に選手が立ち上がり、全員が気の入った挨拶をした。
「おはようございます!!」
安田さんも、なにも無かったように、開始前の審判の言葉をそれっぽく語り、会長も黙って聞いていた。続いて、会長も本日の御言葉を、いつも通りお話しされ、試合は開始されたのだった…。
ー時間経過ー
試合が終って和やかな雰囲気が道場を包む。会長も安田さんもHPの話は一切されていない。だが、志村さんや古島さんを始めとする町田選手たちは、プリントアウトされたHPをコソコソしながら廻し読みをしていた。読み終わっても、彼らは一言も発しない。というか、発せ無いのだ。安田さんもその光景を見ていたが、何も無かったように卓に付き、牌を河においている。
やがて、会長が町田選手達と岐路に着く時間になった。安田さんも会長をお見送りするため、一緒に駅に向かう。自分も会長のカバンを持って、ご一緒させて頂くことにした。駅までの道のり。もちろん、その間もHPの話題が出る事はない。安田さんは会長を改札まで見送り、
「お疲れ様でした」
と、深く頭を下げた。黙って手を振る会長。
僕はお二人の沈黙の中の闘いに心を打たれ、不覚にも涙が頬をつたっていた。あんなに心を打たれたのは、アルプスの少女ハイジの最終回を見たとき以来だと思う。僕は一生お二人の後をついて行こうと、落ちていた一円玉を拾いながら思った。
後日の会長を始めとする選手達の安田さんへの逆襲は、皆さんも知っての通りだ。僕は、どうしても納得がいかず、安田さんにその旨を訴えた。安田さんは黙って、こう答えた。
「いや、全部自分の責任なんだ。僕が責任を取って、名古屋同好会に、島流し…いや、修行に行けばいい…むしろ、また新しく勉強をさせていただけるんだ。ありがたい事だと、思わないか?」
……(ToT)
漢である…。本物の漢である…。僕は自分の小ささを認識すると同時に、つまらない事を言った自分を恥じた。あんなに恥ずかしいと思ったのは、エヴァンゲリオンの最終回を見たとき以来だと思う。
安田さんは今も道場にいて、パソコンの前で神妙な顔をして、全ての罪を一身に受けている。それを「ありがたいこと」と言いながら…。でも、安田さんの背中は泣いているように見える。僕はみんなにその姿を知っていただきたいと思い、思わずシャッターを押した。下の写真がその本物の漢の姿だ…。
長々と乱筆乱文失礼しました。匿名でメールをお送りする無礼をお許しください。
「牌の音」スタッフ○○
[写真:139]
深く反省しつつも、前を向くことを止めない安田さん。数少ない「本物の男」である。

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