■2007/12/10(月)
 Vol.655
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【選手紹介:その7】
【選抜:小鉄】
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牧野先生よりバトンを受けた小鉄です。僕の、牌の音暦は通い始めたのが2000年なので8年目になります。番外5期、Jr.3期、選抜は5期目になります。
僕が会長を知ったきっかけは、「超絶」を読んでその中の言葉に感動したからです。なんてかっこいいんだろう。凄いなと思い、憧れるようになりました。もう、会長が出ている本、漫画すべて買い、読むたびに凄い、凄いという気持ちが膨らんでいきました。
そして、大学に入ったのをきっかけに道場を訪ねました。会長を初めて見たのは、実はそれよりちょっと前で、会長の写真展があり、そこに行った時が初めてでした。当時、悩みに入り救いを求めていた自分は自分を変えたいとその写真展に行ったのです。
そこで会長を見たときの感想は、「凄い人に会えたー」といったものでした。そしてその時に質問をさせてもらう機会があり、当時の自分の悩み(今思うとなんとも恥ずかしいですが)について温かく答えてもらったことを覚えています。
「道場には昔はとっぽい奴が来たが、今は救いを求めてくる人が多い」自分もそんな中の一人でした。当時の自分はというと、いい加減なところが多くぼけたところもありました。(今も?)
通いはじめて4期目のJr.予選時。なんだかんだ理由を付けて逃げて受けなくて金村さんから「雀鬼流なめるなよ」とボディーブローを喰らったこともあります。遅刻癖もありました。全国大会を2回も遅刻したことがあります。
初めて行かせてもらった夏の別荘で一日500円しか持たずに行ったのは僕です。(笑)でも、ちょっと言い訳させてもらうと、スタッフの方に「1日どれくらい持っていけばいいですか?」と訪ねたら「(宿泊費は)500円だよ」と言われ、「雀鬼会は凄いところ」本や漫画の中の世界として捕らえていた僕は、「すげーやっぱり雀鬼会は凄いや。1日500円で大丈夫なんだ」と思ったのです。今考えればボケすぎですね。それほど、憧れというか妄想が大きかったんでしょうね。
会長に「実体験からの学び」と本にサインをいただいたことがあります。自分を振り返ってみると本当に大切なことだなと思います。会長はいっぱい良い言葉を本などに書かれています。でも、それを頭で知っているのと実感するのとでは大きく違います。道場では、言葉より行動で示すことを大事にします。こうなりたいとか、こうしたいとかぐだぐだ言う前に動けよ!となります。
じゃあ道場はがちがちに厳しくていつも暗い感じの真剣モードなのかといえば全く違います。はっきりいって楽しいのです。
僕は毎期、毎期終わるたびに思うことがあります。道場に来て楽しませてもらってばかりだなと。
道場では、風通しが良くてみんながびしびし刺しあう球が飛び交います。会長の一言で突然変な遊びが始まる、もう常識でいえばありえない馬鹿みたいな遊びです。でもそこで恥ずかしがったら負け、のったもん勝ち。もうみんなが真剣に馬鹿なことをする。そして笑いが飛び交う。時には怒りだっておきる。でもそんなことすべてが楽しいのです。真剣って別につらいだけのものでは無くて楽しいことでもあるんだなと実感できます。
で、そんな風にその場に合わせて楽しんでると、考える暇なんて無くて悩んでる暇も無いんです。そして、やってる間は「何かを学ぶんだ!」と目的意識を考えてるわけも無くて終わってみたらこんな意味があったのかな、なんて思う時もあるのです。当然、ただ、ただ、楽しかったなあって時もあります。
繁さんは「会長を崇拝していない」と書かれていました。僕はどちらかというと崇拝に近いところから入ったと思います。でも道場に通うにつれて、その気持ちはどんどん壊れていきました。
なぜかというと会長はそれを壊していくようなことをいっぱいされるのです。初めの頃の僕は、「あの雀鬼がこんなことするんだー」とびっくりしていました。妄想の中の会長像が壊れていくのです。「いいのーそんなことして!」と思った時もありました。でも、今ではそういった姿を見るたびに失礼かもしれませんが、嬉しくなってしまいます。
「良いも悪いもひっくるめて全て出す」本当に自然体で普通にそうされています。だからこそ、道場ではみんなが自分をさらけ出せるのです。
こうして、振り返ってみると自分は最初おっきな妄想から入って、道場の流れに乗って会長や仲間と触れ合っていく中で妄想が抜けてきて、少しずつ等身大になってきました。雀鬼会も凄い人、きっちりした人ばっかりだと思っていたのですが、全然そんなこともありませんでした。
じゃあがっくり来たかって言うとそんなことは無くて、人それぞれの持ち味があってそこを尊敬し、好きになってきました。そんな人に喜んでもらえたり、楽しんでもらえた時が嬉しくなるんです。遅刻癖を治すのに最初は怒られるからと意識していたのが、みんなをがっかりさせるのは嫌だな、恥ずかしいことだなに変わって来て、治ったように思います。
面白いことを言ってみんなを笑わせたりしたらもうトイレでガッツポーズです。(笑)風通しの良い仲間がいるからやっていける、変化できるっていうのを実感します。
と、ここまで書いてきて麻雀の話が出てきませんでした。麻雀はですね。正直弱いです。センスもありません。基本動作、手順、感じること少しでもしっかりしようとやろうとして、できなくてがっくりくる。それの繰り返し。でもまた奮い立たせて向かっていく。
Jr.の時は、ノリ、勢い、気持ちでなんとかなって来たのかなと思います。でも選抜ともなるとみんな、気持ちがあるのは当たり前でその上、手順、基本動作があるんだからなんとかならないんです。嫌になります。でも、試合でたまに麻雀を打ってる感じが消えてなんか心と心でぶつかり合って、終わった後に心地良さがあり、楽しさ・一体感を感じる時があります。だからこそ、また良い試合を作ろうとしっかりやろうと向かっていけるんですね。厳しいけど、やっぱり楽しいんです。選抜は。
道場では変化することが大事とされます。自分自身少しは変化してきたのかなと思うところはありますが全然変わってないなと思うことのほうが大きいです。その辺の自覚は苦手ですね。でも、道場で大きく変化する人は良く分かります。きっかけを受けたりして変化している姿には勇気をもらえます。
そんな変化をし、大変なことを続けている人。皆さんご存知ですよね。ちゃっぺさん、次よろしくお願いします。
[写真:655]

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