■2007/11/28(水)
≪ Vol.642
ビジネスマンって言葉をきくと寒気がするんだけど、職人ときくと嬉しくなってしまう感性が俺ん中にある。
世界をまたに駆けて走り回る先端、有能、有力なビジネスマンとは、今日び成功の在り方なんだろうけんど、俺にはその価値観を受け入れることは少ないのだが、昔どこにでもいた職人さん等は、世間の片隅で長い伝統の技を引き続けて、小さい物を一個一個作ってらっしゃる。
大量生産、大量消費が経済社会の原則なんだろうが、多くは作れなくとも一つ一つ手間暇かけて作られる物はそれを使用する側も大切に大事に使う。
作る側が使用してくれる方々を思って何かを作れば、今日びの食問題のようなことは決して起こるまい。
経済、市場、優先や主義をなりふり構わず進み競争社会に勝つ大企業とか優良企業とは多分にそういう体質の中から生まれたもの。それらは本当に優良で優秀なのだろうか。
天にそびえ立つでっかいコンクリートの大木の中で土達は苦しみ、泣かされている。
土のような人達を犠牲にしてまでも、でかさや高さを競っている馬鹿伴が社会を牛耳っている。
「嫁入りの時に親から頂いた傘を80歳ぐらいの老婆が持ってきて修理を望む」
職人とは何かに
「そりゃお客さんの望む物を100%作れること、そのためには頑固なんて持っての他で自分を無に出来ないと駄目の一点だよ」
物を作る職人さん達の思考に現在失ってしまった社会の問題や駄目さが全て入り込んでいる。
くだらん宗教書や哲学書や教育家や知識人の言葉よりも数段人としての大切さが彼等の中に詰まっている。
昭和の名工と呼ばれた千代鶴是秀が、一本の大工道具ののみを手間暇かけて3年かけて作ってその上、この方は貧乏だったなんていうお話を聞いた時は、何と凄くてかっこいいんだろうと思えた。
大資本や大企業なんちゅうのはこの人達に比べたら粗大ゴミ以上に始末が悪いやな。
小っちゃい店でも、古ぼけた店でも貧乏でもそっちの方が数段価値があるんだよな。なぁ神山さん。
雀鬼
[写真:642]
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