■2006/03/09(木)
≪ Vol.64
皆さんお久し振りです。桜井章一と申します。先日、志村御一行の北九州同好会へのふれ逢いの日々に対して、即座に同好会の方々からメールが届いて、彼等が志村たちの好意に返答。お礼をせずにいられない様子を感じて我ながら、嬉しさを味わっています。こういうのって結局のところ「乗り」の良し悪しなんだろうな。乗りがいいものはすぐに反応して来るが、乗りが悪いのは無関心とかになって心が伝わって来ないもんですものね。俺がこのホームページとかの参加も結局のところ安田君へ乗っかっただけ、その後も、その時その場で今もだけど、乗りで文章を書き続けているだけのこと、このHPページの進みが早いことも内容があるとかないに関わらず、とにかく今は、俺は乗ってるだけ。HPのことも分からん俺が今出来るのはとにかく乗れる間は、流れに乗っちまえってことでして、まぁ相方の安田もその件に関しては俺以上に乗りがいい男だから、ありのままでいいんじゃない(笑)
北九州同好会の有元くんから、
「私はこれまで雀鬼流ルール・制約とは「私」に浸った麻雀を「共」に引き戻すためのものだと考えていました。そして「迷惑をかけない」という「共」の部分の制約を非常に心地よく感じてきました。しかし志村さんの指導の一言でそういう困難な状況のとき、その逆に「共」に依存することで、自分が楽をしていたのだと気づきました。それを言い訳にしまえば、チャレンジをしなくてすむのですから「共」の制約を知りその上でそれを乗り越えるというか、それにチャレンジし、それと戯れることで、自分を成長させる「捉われない」ということの深さを学びました。」
と返事をくれた。ちょっと待ってよねぇ皆さん。たかが志村がちょいと麻雀をだよ、打ちに行ってだな、何故にこれほどまでの返答が生まれるんだろう。たかが麻雀だろう。世間じゃ邪悪の分野に置かれている麻雀だよ。
「これで少し麻雀が強くなったような気がします」とか
「麻雀で勝つための方法を学びました」
なんていうのが普通じゃん。それがどうよ、この文章、かなり哲学的というか、人間として高度さを感じるよねぇ。麻雀を打ち合った者達じゃありえない返答だし感覚だよな。俺も改めて勉強になりました(笑)
話は変わってさぁ、安田そういえば俺が俺を曲者だというっているのに何ゆえただの悪戯小僧のなれの果てにしてしまうんだよ。曲者っつうのは、無駄な努力であっても自分の信じるところを主張したり行動を起こせる男達を言うんだぞ。権力に向かって正しいと思うことを主張し、その上で切腹を命じられても後悔しない態度。真骨頂を曲者というのだよ。分かった?俺ん中の男の理想像かもな(笑)親が白いもんを黒だといったら子も白いものを黒と従う。それはその筋の制度であって曲者とは違う。今ようびの曲者感覚と来たら、国や権力や制度や法律を犯かす犯罪者であったり何か私利私欲のために企んでいる人を指すようだけんどね(笑)
やはり雀鬼は曲者なり。「御用、御用と」めあかしの安に追われても、俺、逃げ足早いから捕まんないよ。俺を捕まえんとする前に、きょう日、江戸を騒がす木津小僧とやらをひっとらえることだね。
ジャンジャン
雀鬼
なるほど…。会長のおっしゃってる「曲者」とはそういう意味だったんですね。僕の解釈は後者の方で、会長は洒落で曲者と使っているのかと思っていました。「めあかしの安」って誰ですかね?(笑)僕は未だに追っかけられる側だと自負しています。もっとも江戸を騒がす木津小僧さんは、僕なんか到底及ばない曲者です。かなり頻繁にめあかしのお世話になっているようですから(^_^)まあ、くれぐれも御用にならないように気をつけて欲しいもんです。
雀鬼会も今週末には選抜とJrの入れ替え戦があります。選抜から二人、Jr(&Jr2)から三人の計五人で、選抜の二席を争います。入れ替え戦は、当日の結果一発勝負で、その当落結果により、この半年間を選抜で闘えるか、Jrになるのか決まる熱い闘いです。
樋口(選抜)、小鉄(選抜)、古島(Jr)、歌田(Jr)、パセ(Jr2)。さて、誰が受かり、誰が落ちるんでしょうか?
ともあれ、また雀鬼会が始まります。
安田潤司
[写真:065]
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