■2007/11/25(日)
 Vol.639
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【選手紹介:その5】
【選抜:山田 繁】
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雀鬼会一の(ぶち)切れ者の山田 繁です。
高校生のときの近代麻雀ゴールドの記事で、最強位戦の記事を見たのが雀鬼流を知ったきっかけでした。ちょうど佐々木丸さんや山田マネージャが優勝したころです。
大学で東京に出てきたので、どんなところかいってみようと下北沢店にいってみると、会長が下北のほうにお見えになって、はじめてみた感想は・・・・・・・・やばい!!って感じでした。
とにかく身にまとっている空気が、見たことないと思ったのを覚えています。
それが12年まえぐらいなので、牌の音暦は12年です。選手としては、来初めのころに幻のJr.3で、牌の音同期の金村総括部長としのぎを削った後は、いるのかいないのかわからない状態がしばらくあり、その後選手として登場はいつかな?と小冊子をめくると、なかなかでてきません。・・・・・・・・・まったくでてきません。・・・・・・・・・い、いました!約6年前です。ということで選抜7期目・Jr.3期・番外2期です。
初めて選抜になったとき、旅行で温泉から別の温泉への移動中に会長から
「七変化は無理だけど、繁も三変化くらいは出来るようになった。」「出来るということや、優れているということが才能ではない。変われるということが才能なんだ。」というようなことを言って頂いた記憶があります。そして親にも
「いつのころからか感じが変わってきた。」
と言われたのが、道場を続けて来た意味として、それだけで十分だと思いました。麻雀を打つことで、麻雀以外の部分で変わるって他じゃありえないことです。
それでは道場の良い所を、このホームページを御覧になってる方に特別にお教えしましょう。
道場に来ますとどんなものが得られるかというと、これがですね、なんと物質的には何も得られないんですね。
見返りがないどころか、道場生の様々な自己犠牲がなければ成り立たないのです。というわけで、即物的なものを求めている方には申し訳ありませんが、道場に来ても何も得られません。
「何にもならないことをやって馬鹿じゃないの!」
と思われるかもしれませんが、馬鹿なのです。
しかし、益はなくとも意味はあります。益がないからこそ、その過程や努力に意味合いを持たせなければ、何にもならなくなってしまうからです。というか、対価のために義務感でやるのってつまんないです。
得られないだけならまだいいんですが、わざわざ遠くから負けに来る方々もいます。遠くからでも勝てるなら来易いですが、わざわざ何時間もかけて負けに来るのです。常識では、まったくもって正気の沙汰ではないです。それでも彼らが来るのは、そうして失うものより自分の中で大事なものがあるからだと思います。
僕は会長を尊敬はしてますが、崇拝はまったくしてないので、信者ではありません。
僕が信者なら熱心に周りの人を勧誘するところですが、基本的に道場生が知合いを連れて来るのを目にすることはほとんどありません。
良いなら広めればいいじゃないかと思うかもしれませんが、
「じゃあ、ちょっとエベレスト登ろうよ。」とは誘えません。
皆、厳しさを知っているからだと思います。
なので、自分の足で最初の一歩を踏み出して道場に来るしかないのです。道場に限らず、その一歩を踏み出すかどうかという選択が、後々に大きく影響すると思います。
うっかり高尾山にハイキングに行くぐらいのつもりで来て、そのまま富士山頂あたりまで、うっかり連れて行かれちゃうのもいますが、それもありです。
そうした厳しさを超える楽しさがあるから、どうにかこうにかやってこれるわけですが、一人じゃ無理です。周りに仲間がいるから、やってこれただけの話です。
しかも選抜の本戦って、こればっかりは本当に厳しいんですよ。何で厳しいかというと、雀鬼である会長がつくる場であるからです。雀鬼会選抜ですから当然なんですけど。しかもそこでうまくいかないのが、なにより面白いんですよね。
それでは次はその厳しい雀鬼会選抜を、全てを背負って登りきり、目下2連覇中の金村総括部長
の一番弟子であるMr.凡事、牧野先生お願いします。
[写真:639]
右は、4歳のころから第一打に字牌を切っていない繁くん(^_^)

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