■2007/11/18(日)
 Vol.632
-----------
【選手紹介:その4】
【選抜:志村政憲】
-----------
審判副部長の志村です。選抜選手紹介させていただきま〜す。
牌の音暦 17年ぐらい選手暦  今期で28期目(Jr6期、選抜22期)趣味   無趣味です。だからといって、つまらない人生ではなく、いつも幸せで〜す。
はっきり言って、選手暦長いです。継続してきた選手暦だけなら現役選手の中で、一番長いと思います。(多田さん途中で抜けてるからね。)
でも、道場では長くやっている者や年配者が偉いとかはまったくなく、今やっている者や今輝いている者が先頭で堂々とすればいいじゃん。っていうのが雀鬼流です。
だからベテランがふんぞり返っているなんていう光景は雀鬼流ではありえないのです。というより、上の立場になればなるほどやるべきことが多くなり楽はできませんね。
長くやってきた中で、自分自身、良い時があれば悪かった時もありました。
「もう前へ進めない。」、「大変だから、もう背負い込んだ荷物を降ろそうかな。」
なんていう弱い気持ちを持ったことも何度かありましたが、やはり、育ての親である会長の背中を見させていただき、
「自分の大変さなんてまだまだ」
と思ったり、道場にいるすばらしい仲間達を裏切ったり悲しませてはいけないという思いで、踏みとどまったり、気持ちが持ってきたというのは過言ではないです。 
道場生になって、会長と初めて同卓させていただいたのは、まだ十代の頃でした。
僕が麻雀を打っていて、同卓者が抜けた後、会長が入ってこられました。
まだ、会長とは言葉も交わしたこともないですから、ハッキリ言って緊張しまくりで会長のお顔は見れませんでした。
ずっと下を向いて自分の手配しか見れない状態(笑)で、会長が「ポン、ポン」と東と南を鳴きました。
そこで数順後、会長が僕に
「少年!!積み込んだだろ(怒)」とぼそり・・・・・
ちらっと、会長の捨て牌を見ると・・・西と北が3枚ずつ置かれていたのでありました(笑)それがわざとなのか、しくじったのかなんて聞くまでもないでしょう(笑)
選手になってからは、会長とはたくさん同卓させていただきましたね。はっきり言って、会長と同卓すると麻雀を打たせてもらえない感じです。
これは、体感しないとうまく説明できないですね。ずいぶんと遊んでいただきました。
思うと僕は、いい年代に生まれて、会長と出会うことができラッキーでした。
だって、20代をずっと道場生でいれて、会長とふれあうことができましたからね。
そんなラッキーな人は滅多にいないですよ〜。というより、誰より一番ラッキーだったのは、会長のご自宅から僕の家が近かったことなんですね。
全国何百人といる道場生の中で、会長のご自宅から一番近くに住んでいる男でございま〜す。(ちょっと自慢)
そうしたことから、10年以上道場からの帰り道をご自宅まで僕の車でご一緒させていただき、とても幸せな環境にいると言えますね。
外から見ると雀鬼会って1000打数打ったり大変だなぁって思う方が多いのでしょうが・・・・ハッキリ言って大変です。(笑)
それをいかに楽しむかなんですね。でもね、だからといって決して不自由ではないんですよ。楽しんでやっていると、それどころか本当の意味の自由みたいなものが実感できる瞬間があるんですね。
道場内では、道場生同士とても濃いお付き合いをしているせいか、隠し事はほとんどありません。基本的に会長が開けっぴろげのおっぴろげ〜(笑)なので、僕らも自然とそうなります。
何事もイケてる時は、オープンリーチの感覚ですが、イケてない時はコソコソしちゃいますよね、そうしたことからも今の自分どうだろうな〜てことも計ったりしてますよ。
会長とふれあい、雀鬼会続けてきて、やっぱり普通の人生では見れなかったこと、体験できなかったことを見たり体験できたと思います。いつも刺激があり楽しかったです。
道場には、長い歴史の中で、「あの頃が良かったな〜」なんてのはありません。いつも「今がベスト」、「今が一番楽しい」でやっていますよ。
次は、雀鬼会1の切れ者(笑)、山田繁君にお願いしたいと思いま〜す。
[写真:632]

 [Home]