■2007/10/28(日)
 Vol.617
久し振りに突然下北道場へ顔を出す。早目に現れたことで道場には見知らぬ顔の新人さんが居ただけ。ふと横に目を向けると人間力を養う生き方(致知出版)
という本があり、表紙の鍵山秀三郎相談役の穏やかな何時も通りの笑顔が引きつける。手に取ると相談役直筆のサインが入っていた。
来る11月3日の雀鬼流全国大会の賞品用として頂いた多くの本や賞品の中の一冊であったのだが、俺は卑しい男だから、みんなに渡るはずの賞品の本を読み始めている。
一ページを読む。
「やってねぇなー」「出来ちゃいなかったなー」
と、反省というより自分の歩んで来た道を振り返り落ち込む。二ページも三ページも同じこと。益々、俺はやってこない、出来もしなかった、と自己嫌悪に陥る。
この本は鍵山相談役と、直木賞作家の山本一力さんの対談本なのだが、学者や見識者が述べる想像論とか理想格式論とは違う。相談役が幼き頃から感じたこと、忘れることない箴言が、その後の相談役の人生の生き方、体験としてそのまま書き綴られている。
12才の頃、御母上様の歯をくいしばって生きられる後ろ姿を見て、最愛の母上がこのままでは死んでしまう、子供でありながら母上を少しでも助けようと、自分のやりたいことを全て犠牲にまでして行動を移す。
本の中には御両親の生き方の素晴らしさが書かれているが、それに強く、しっかり、はっきりと気付き、相談役御自身の土にされてしまわれた資質の素晴らしさが受け止められる。
相談役が幼き頃には、生きることに大変困難な厳しさを持ちえた親はごまんと存在しただろうが、御両親が持ち合わせられたとてつもない人間力をそのまま引き続けて今に至るなんていう方はそうざらにはいまい。
その時から今に至って
「己が楽を求めることを許さない」
という生き方が継続すること自体不可能である。その人間が不可能と思うことを可能としてやり通して来られた相談役のご苦労は、苦労という言葉を使うことが安っぽく感じてしまう。
正直、自信が持てた、感動したという気分にゃ到底なれずに、ページをめくって読んじゃ
「出来ねぇよなー」「やってこなかったよなー」
と己の力不足に落ち込む。
相談役は特別な優良な方と決めてかかれば楽なんだが、そうにもなれない。
少年の頃から存在した「心力」の凄まじさ、正しさ、もうすでにそこから大きな違いがあるんだから俺なんかじゃ取り返しがつかないのに、今だ相談役は365日楽を求めずに生きていなさる。
それに比べれば俺なんかせいぜい年に一日そんな日があるくらいなもんだから、性根の資質も違った上で今の生き様もてんで話しにならない。
60年以上、一つ一つ良いと思われる思考を植えつけ、それをそのまま行動され、養われた存在と、たいして何もやって来なかった人間との差は埋めることが出来ないほど大きい。
相談役のマネをしたくともそれを求めるには多年の年が過ぎてしまいました。それを取り返すことは到底無理なこと、どうすることも出来ません。
俺なんかでも人付き合いの中で上質な人もあれば下質な人もいる。相談役の中でも、多分私なんぞ低いレベルの人間かも知れないが、多少なりの御縁が持てたことでも何かの因果を感じています。
この本を読んでいるうちに
「鍵山相談役と知り合いです」
という自分に恥かしさが湧いて出て来た。全てを読み終えた今、自分の品の小ささを感じて小さくなっちゃいました。正直、読んで良かったと読まなければ楽だったのになーと思っています。
こんな文章をHPに書いていいのか悪いのかも分かりませんでしたが、ペンが勝手に走っています。
相談役が書かれたこの本の内容の一つも、一つとしてやってこなかった、出来てない俺ですが、それを全て自念、自覚として受け止めた上で、今後とも悪戯小僧の資質から抜け出せない私ですが、現役の「面倒見」の一人としてお見知り置きの程をよろしくお願い申し上げます。
全国の雀鬼流ファンの皆様、すいませんねぇ。俺、相談役のサイン本もらっちゃいました。ゴメンナサイ。
雀鬼

[写真:617]
さすが清川さん!いい写真とるなぁ。

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