■2007/05/02(水)
≪ Vol.462
電車とも汽車とも呼べない、もうすぐ2才を迎える孫が、「タウンターン、タウンタァン」と言っては俺を呼び、ひざの上に座って電車関係のDVDを見る。絵本を見ちゃ「こりゃこりゃ〜?なあ〜に」と聞いて来る。俺もそれなりにその乗り物になってやって、音を入れてやる。終わればオモチャの電車を床の上を走らせて遊ぶ。孫にとって、この遊びだけは俺が専門らしい(笑)。
車社会。
ちょいと外に出るにも、遊びに行くのも車ばかり。今だに一度も、孫が電車に乗っている姿を見たことがない。孫に、その喜びを早く作ってあげたい。
今じゃ考えられないが、俺が子供の頃は、下北沢駅近辺の井の頭の鉄橋の上を走り回ったり、鉄橋にぶら下がって走り過ぎる電車が通り過ぎるのを耐えて遊んだりした。
かなり危険。
振動や上からたれる熱い油に耐えられず手を離せば、骨折どころじゃ済まなかった。
今思えば、遊びなのに命がけの危険に我が身を置く。そんな遊びを自ら選んでやってしまうことで、遊びの充実感を感じていたのだから、時代の違いを感じる。
「痛い思い」も、「恐い思い」も、「危ない思い」も、
自らやっちまったことで、男の本能を目覚めさせていたのかもしれない。
「安心」「安全」な遊びはつまらなく、何時だって遊びを危険な方向に持っていってしまっていたのも、俺自身が選んだ感性の根っ子だったのかもしれない。
やんちゃだよなー、俺は。
「今もな」
雀鬼
[写真:462a]
≪ [Home]