■2006/02/20(月)
 Vol.45
Vol.42でホメオパシーという同種療法の薬の事をちょっと書いた。で、海外からの帰りの成田エクスプレスで、僕がホメオパシーの本を読んでいたら、
「ちょっと見せてみろ」
と、会長が本を読み始めた。
「うん、大体分かった。毒を持って毒を制すって奴だ。まあ、理にかなってるな」
その本の中に、ストープで火傷をした子の手を、急いでもう一度ストープに近づけてから、ホメオパシーを飲ませて直したという話が載っていて、なるほど、逆転の発想だなと僕は思った。
以前、海で泳いで過呼吸で倒れた花岡を、会長が介抱した時、その後、事故を起こした同じ場所で泳いでいる会長がいた。会長のお子さん達が海で溺れかけた時も、落ち着いた後、再びその海に「放り込んで泳がせた」とも言っていた。それは正に、同種療法だと思います、と会長と話をした。
普通なら、溺れたすぐ後に同じ所を泳ぐという発想は出てこない。むしろ、「危ないから近づくのは止めよう」となるのが普通だ。そうやって僕等は、苦手なものを増やしているのかもしれない。牡蠣で食あたりした人は、牡蠣を食べるのに抵抗が残るだろう。会長の発想だと、食あたりが治まってすぐにもう一度、牡蠣を食べるのと同じ行為だ。苦手意識を克服し、不安やトラウマを残さないためにも、自ら毒を喰らう。車の運転が下手だからと、広い道ばかり走ろうとする人と、あえて狭い道で練習しようとする人には、おのずとしてその運転力に、差が生まれるのだろう。それは、人間関係においてもまったく同じ事が言えると思う。
「拒否反応と闘え」
と、会長は言う。
「好きな事ばっかりやってちゃ駄目だ。嫌いな事もやらないと」
とも言う。それには色々な意味があると思う。でも、そこには苦手なものを減らし、どんな事でも「受け入れられる強さを育む」という意味も間違いなく入っていると思う。それができるようになったら、その次に来るテーマは、「それすらも楽しんでやること」になるんだろうな。
「もっと強くなりたい」「もっとしっかりしたい」と思うなら、自分が一番苦手な所へ飛び込んで行けばいい。一番大変だと思うことに、向って行けばいい。とりあえず、一日に一つ位は拒否反応と闘ってみようと、思ってみたりした。
今日の道場は完全にオフな空間。近づく来期を前に、嵐の前の静けさなのか、それとも、もうしばらくは何も始まらないのかなあ…。
安田潤司
[写真:yuukib]とってもオフな雰囲気の下北沢道場

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