■2006/11/20(月)
≪ Vol.318
会長がVol.316で「耐える」と「頑張る」の違いについて分かりやすく書かれていました。
「頑張る」は頑張り続ける事でそれなりの効果、成果が上がる事。「耐える」とは、やってくる困難や試練やトラブルに対して忍ぶ事。次から次へとやってくる困難をじっと我慢する他無いような事。
ですが、会長にとっては「耐える」と「頑張る」は分別しやすいのかもしれませんが、僕のように長いこと嘘やいい加減を積み重ねた者には、以外に分別しにくいものです(笑)。
何しろ、自分に起こるトラブルや試練が純粋に「耐えるべき試練」なのか、はたまた、自分のいい加減さが生んだ「自業自得」か、思い当たる節があり過ぎて分からないことも多いです(笑)。で、大抵は「自分で蒔いた種」なんで、
「頑張って当たり前、自分のせいじゃん耐えるなんて百年早えーよ」
に落ちつきます(笑)。
で、結局、頑張るしかないんだけど、会長いわく、
「頑張るのにも"正しい頑張り"と"間違った頑張り"がある」
こうなるともう、どう頑張ればいいのかよく分からないけど、とにかく頑張るぞー!と、明らかに間違った頑張りをして、魔道に突入。気が付くと自分の頑張りに違和感を持ちながら耐えたりしちゃいます(笑)。
道場では、間違った頑張りをしていると、会長をはじめ仲間達が、
「お前、とっても私的」
と、一刀両断にしてくれるためとても軌道修正がしやすいです。最終的には頑張った結果、
「どれだけみんなの役に立ったか(元気をあげられたか)?」
「どれだけみんなが喜んでくれたか?」
で、自分の頑張れた度合いを教えてもらったりします。この時、気を付けなきゃいけないのは、「みんなに誉められたい」みたいな思いが最初にあると、当然「お前、とっても私的」ってことになります。とりあえず目の前の事を一生懸命やってみたら、
「結果的にみんなの役にたっていた」
というのがベストですね。「役に立とう、喜ばれよう」ばかりだと、点取り虫と同じいやらしさに繋がっちゃいますから。
物事には向き、不向きもあるけれど、その人なりの一生懸命さがあればいい。適材適所という奴ですね。今まで30点が限界の者が50点まで頑張れば、
「いやー、頑張ったな、お前」
って言われるし、そいつと一緒にやっていた80点取れる奴が70点だったら、
「さぼってんじやねえよ、もうちょっとできるだろ」
と、怒ってもらえます。雀鬼流の判断は相対的なものじゃないので、とってもシンプルです。その分、誤魔化しは利かないし、楽はできませんけど(笑)。また、ちゃんとした判断を下すには、下す人もそれ以上にちゃんとしてなければいけないですね。(会長、ご苦労様ですm(_ _)m)
「一生懸命頑張ったら、結果的にみんなの役に立っていた」という若い子を見るととっても元気をもらえるし、自分ももっと頑張ろうって思わせてくれます。そういう若い子が「なんでそんなに頑張れたか?」というと、やっぱり「楽しんでいたから」ですね。
どんなに頑張っても、それが終わった後に辛さや大変しか残ってなかったら、やっぱり「間違った頑張り」なんでしょうね。
「そんなに辛そうな顔で頑張ってんじやねえよ!」
と、村瀬道場長に怒られ、どうしていいか分からず村瀬の顔を見て、
「そんな顔で俺を見るなー!」
と、言われている光景を道場では良く見ます(笑)。僕は村瀬より年上なので、さずがに村瀬もそういう言い方はせず、
「安田さん…今日は帰った方が…いいんじゃないですか…?」
と、静かにさりげなく一刀両断してくれます(笑)。そういう時、僕は静かに「耐えて」、明日から「頑張ろう」と思います。(明日からじゃなくて、今から頑張れよ…)
PS.会長にVol.314で、
「こうなっちまうと、俺って何なんだか分からなくなっちまって来ている。安田さん、道場生の皆さん、俺の存在を教えて下さいや」
との問いかけに対して、家のパソコンが壊れたからという、それっぽい言い訳で返答せずにいて失礼しました。
まあ、誰に聞いても同じような答えになると思いますが、会長は「会長」です。最近あんまり麻雀は打たないけど「雀鬼」です。病人を治していても雀鬼は雀鬼です。それ以上は聞かないでください(笑)。
では、失礼しまーす。
安田潤司
[写真:318]
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